裁判員制度は裁判の劇場化を加速するか

あ、これ↓、前に僕も似たようなこと書いたなぁ。

武田 ・・・まさにプレゼン能力に長けた方が勝つようになる、そういう状況になって来かねないですね。

郷原 実際そうなっているんですよ。・・・

武田 うまいかへたかなんですね。正しいか正しくないかじゃなくて、プレゼン問題にすり替わっちゃっているわけですね。・・・

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081023/174919/?P=2

下記が以前僕が書いた記事。いや、ド素人によるテキトーな記事だけどね。

弁護団は、六法全書は読めても、世間の空気は読めなかったのかもしれない。

一方、例えばマスコミや広告代理店、マーケティングといった業界業種に携わっている人というのは、いわば世間の空気を読むプロと言えるのではないか。もしこういった職種の人、あるいはそれに近い能力やメンタリティを持っている人が弁護団の中にいたならば、それでも同じ戦術を採っただろうか。彼らは自分たちの発言や主張が世間にどのように受け止められるか、という点についてもっと敏感なのではないだろうか。そして、もっと言葉巧みに人心を掴む弁舌を駆使し、世論を味方につけたのではないか。その場合、判決結果にも何らかの影響があったのではないか。

つまり、事実上、既に裁判員制度は始まっているのかもしれない。

「世間」という名の裁判員を味方につけるかどうかで、判決に影響を及ぼすのかもしれないのだ。

劇場型裁判と裁判員制度と弁護士の行方と - カタチづくり

日本の裁判官は「空気」ですね。