もうメカCADは主役じゃない

CAD は Computer-aided Design の略であって、コンピュータ支援設計なんて訳されるけど、つまりは "design" という行為を支援するソフトウェア全般を指す。僕は最初に見たCADが機械系3次元CADだったせいか、CADと聞けば反射的に3DのメカCADを思い浮かべてしまうけれど、他にも色んなCADはあるわけだ。例えばデジタル回路の設計ソフトだってCADなわけで、CADという言葉がカバーする範囲は相当に広い。でも文脈によっては例えば3次元メカCADを単にCADと呼ぶこともあったりして、ときどき混乱する。

このブログでは、単にCADと表記されていたらそれは3次元CADを指していると思ってほしい。ただしそれはメカCADとは限らなくて、3次元形状を設計するCAD全般を指すものとしたい。


さて、自動車業界に代表されるような製造業においては長らく、メカCADがエンジニアリングのハブのような中心的な役割を果たしてきた。この市場は大きく、また多くのソフトウェアベンダがしのぎを削ってきたため、これらメカCADの完成度はかなり高くなってきている。この市場においては、まだ暫くはこれら旧来のメカCADが現在の地位を維持するだろうと思う。

しかし、この市場の成長はもう止まったんじゃないかな。別に僕は業界アナリストでも何でもないので勝手な床屋談義に過ぎないのだけれど、体感としては僕のような零細企業が入り込める製造業市場は縮小傾向だ。その代わりに、医療業界とかホビー業界みたいなところで新しいCAD市場が広がりそうな機運のようなものを感じていて、僕としてはそれら新興市場のほうに魅力を感じているところ。(※ 医療もホビーも既にCADは利用されているので「新興」と呼ぶのは語弊があるかもしれないけれど、まだ伸びしろがある分野だと思うし製造業との対比としてここでは新興と呼びたい)

重要だと思うのは、それら新興市場のCADで扱われるのは例えばポリゴンメッシュや点群、ボクセルのような離散構造だということだ。これらのデータ構造は、メカCADでは標準的な B-rep と呼ばれるデータ構造と全く異なっている。思うに、CADの新興市場が今後成長していく中で、メカCADはそのデータ構造の違いが足枷になって新市場では存在感を示せないはずだ。

つまり云いたいのはこういうことだ。B-rep 構造に基づいたメカCADは長らく製造業で中心的な役割を果たしてきたが、新興市場ではその地位は保てないだろう。今や、3次元技術は機械設計のみならず医療業界やホビー業界などでも利用される技術となった。僕たちはCADとそれを取り巻く世界を大きく俯瞰しなおして、改めてCADとはどうあるべきかビジョンを描くべきではないだろうか。

メカCADが作ってきた世界

まず機械設計における従来の3Dコンピューティングの世界を振り返ってみたい。メカCADの主なユーザーは例えば自動車業界、航空業界、家電業界などであり、それら製造業においてCADは下記のような多くのソフトウェアと連携している。

  • CAM (Computer-Aided Manufacturing): CADデータを取り込んでカッターパスなどのNCコードを出力するソフト。
  • CAE (Computer-Aided Engineering): 例えばCAEの一種である弾性解析ソフトは、CADデータをソリッドメッシュに変換してFEM(有限要素法)によって解析を行う。
  • CAT (Computer-Aided Testing): CADデータ(バーチャル)と計測データ(実測)の両方をインポートし、それらを比較することで欠陥を検出するソフト。

着目すべきは、CAMもCAEもCATもみんな、CADデータをインポートする機能があるということ。つまり、真ん中にでーんとメカCADが王様のように居座っていて、周りに色んなソフトウェアが侍っているという構図だ。これらのソフトはみんなメカCADのデータ構造に依存しているんだけど、そのデータ構造は機械設計の形状表現ためだけに作られたものあって、それもかなり複雑なシロモノ。

このデータ構造の複雑さは、結構トラブルの原因となる。例えばCADとその連携ソフトの間のデータ変換が失敗したりする。CADのデータ構造は機械設計の形状表現には適しているけれども、データ交換には向いていないんだよね。これは根っこのデータ構造に起因する本質的な問題であって、たぶん永久に、完璧に解決される日は来ない。

しかーし、何故かこの業界はそういう厄介ごとを受け入れてきたんだよね。否、受け入れざるを得なかったんだと思う。なぜなら、メカCADが3Dコンピューティングへの唯一の「入り口」だったからだ。3次元モデルを3Dコンピューティングの舞台に乗せる唯一の方法はメカCADでモデリングすることで、他にはあまり良い選択肢がなかった。こうしてメカCADはエンジニアリングの世界において王様のような地位を手に入れたんじゃないかな。

えっと、僕はCADが王様になれた理由はもう一つあると思っている。例えば自動車業界は、系列と呼ばれるような階層構造を成している。CADの主なユーザーはトヨタやホンダといった自動車メーカーで、つまり業界のヒエラルキーのトップにいる企業なわけだ。一方で、例えばCAMユーザーはヒエラルキーの下位に位置する下請け業者であって、CADデータにまつわるトラブルは結局彼らが受け止めるしかなかったんじゃないだろうか。つまり、製造業の業界におけるパワーバランスがそのまま、ソフトウェア間のパワーバランスにマップされてしまったんじゃないかと思っている。・・・が、実際どうなのかは知らない。教えてエラい人。

まーとにかく、この業界はちょっと歪んでいるな、と感じることしばしばなわけです。

新しいデバイス、新しい市場

しかし今や、3Dコンピューティングの世界への「入り口」には、3DスキャナーもあるしCTスキャンもある。さらには3Dプリンタの登場によって、CADデータから実際のモノを作り出す能力というのは製造業の特権ではなくなった。僕はこれらの機器がきっとこれからCAD/CAMの世界を変えていくだろうと思うし、その新興市場はたぶん自動車業界のような階層構造にはならないと思っている。

僕は、例えばこんな未来を想像する。(幾つかは実現しているかも)

  • CTスキャンや3Dスキャナのデータを元にして、義手や義足がCADで設計できるようになるかもしれない。
  • 足の形を計測してオーダーメイドの靴が発注できるようになれば、靴擦れに悩むこともなくなるかもしれない。
  • 好きなゲームキャラクタの3Dデータをネットからダウンロードして、それを個人が3Dプリンタで出力できるようになるかもしれない。

先述したように、これらの機器が扱うデータ構造はメカCADのデータ構造と全く違う。だからこの市場では従来のメカCADは活躍できない。この市場には、まだまだ新しいソフトウェアを開発する余地がたくさん残っているはずだと、僕は信じている。

かのアラン・ケイは "The best way to predict the future is to invent it." と言っているわけで、僕も皆さんと一緒に未来を invent していけたらいいな、と思う。



ところで、無謀にも英語でブログを書き始めたので、勇気を振り絞って告知。
こちら → Three Dimensional Journey

え?こんな拙い英語で恥ずかしくないのかって?そりゃー恥ずかしいですよ。ここで告知するか迷うほど恥ずかしいですよ。でも晒さないと英語の上達に繋がらない気がするので。英語圏で読んでる人いるのかって?うん、いないでしょ、いるわけがない。こまけーことはいいんだよッ。英語の勉強になれば。
・・・文法ミスとか見つけたら教えてね。