インタラクティブなCAEとイノベーションのジレンマ

未踏ユース梅谷さんのプロジェクトがスゴイ

先日、IPA未踏ユースに採択された梅谷さんが会社に遊びに来られた。世の中にはスゴイ学生さんがいるもので、梅谷さんの知識量にこちらはもう、たじたじ。これは参った。今後の活躍が楽しみだ。

その梅谷さんのテーマはIPAのページに発表されている。

5.テーマ名

インタラクティブUIを備えた統合型設計解析ソフトウェアの開発

7.申請テーマ概要

・・・本プロジェクトでは設計と解析機能を高度に統合したソフトウェアをオープンソースで開発する。高度な統合とは単に同じソフト上で設計と解析機能を実現しただけではない。例えば設計変更の情報を活用することで従来の解析の大きなボトルネックであったメッシュ生成の手続きを大幅に高速化する。これにより、設計変更を解析結果にインタラクティブに反映させることが可能になる。・・・
※ 赤の強調は私

2008年度上期(未踏ユース) 採択案件概要:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構

これは非常に面白い。実に面白いよ。

ひとことで言ってしまえば、このテーマはCADとCAEを統合するということだ。つまり、「形状のデザイン」と「形状の性能評価」を一つのソフトウェアに統合するということ。では「高度に」統合するとはどういう意味か。それはインタラクティブということだ。つまり、形状を変更すると瞬時に(リアルタイムに)解析も行ってしまおうということ。

百聞は一見にしかず、以下の梅谷さんのデモを見ればそのコンセプトはすぐに理解できるだろう。

http://d.hatena.ne.jp/etopirika5/20080916/1221559909

CADとCAEの現状

現状、CADとCAEがここまで高度に統合されたソフトは存在しない(と思う)。メジャーCADにはCAE解析エンジンをプラグイン(アドオン)できるものが存在するが、そこまでインタラクティブな統合がなされているわけではない。

なぜだろうか。次の2つの理由が思いつく。

  • CADとCAEは全く異なる文化を足場として独自に進化を遂げてきたから
  • 昔は計算機の能力が低かったため、インタラクティブな計算は不可能だったから

まず、CADとCAEでは形状表現が全く違う。CADはNURBS曲面などを張り合わせたB-rep表現が一般的であるのに対して、CAEではメッシュ表現が一般的だ。形状表現に対する文化が全く異なっているのである。したがって、CADデータからCAEデータ(メッシュデータ)への変換には多くの困難を伴う。これはCADとCAEの統合を考える上で大きな障壁となる。

次に、CAEの解析演算というのは巨大なマトリックスを解く必要があり、かなりの計算時間が必要とされる。昔の貧弱なコンピュータでは比較的シンプルなモデルでもインタラクティブに計算するのは不可能だったはずだ。従って例えば夜間にバッチジョブとして解析エンジンをぶん回す、みたいな使い方が定着してしまった。それから時代は巡り、今となってはシンプルなモデルなら瞬時に計算できるのであるが、すでにバッチジョブ的に使用する文化が確立されてしまっていてなかなか移行できないという現状がある。

CAEのイノベーションのジレンマ

たぶん、CAE企業もCAE研究者たちも「インタラクティブなCAE」という方向性には全く目が向いていないのではないか。彼らが目指している方向とはこうだ。

もっともっと大規模な解析を実現しよう。

だから彼らは解析エンジンの並列化(分散化)に忙しい。そうやって「より大規模に」という一つの評価軸の中で競争しているのだ。

これに対して、インタラクティブなCAEというコンセプトは全く文化が異なっている。評価軸が全く違っているのだ。PlayStation3 に対する Wii くらいの違いがあるだろう。だからこそ、既存のCAE企業は新しい方向に目を向けることは難しいだろうと思う。それこそがイノベーションのジレンマなのだから。

10年〜20年後くらいには、もしかすると梅谷さんのコンセプトが「常識」になっているかもしれない。

おまけ:FOA(First Order Analysis)

設計と解析の統合という話で思い出したのだけれど、FOA(First Order Analysis)というコンセプトがある。手間がかかる大規模な解析の前に、まずは簡単なモデルで First Order な解析をしよう、というコンセプトだ。梅谷さんのプロジェクトとはアプローチの仕方が異なるけれど、目的は比較的近いのではないかと思う。
下記に資料があったので参考まで。
http://www.tytlabs.co.jp/japanese/review/rev371pdf/rev371j_spe.html