「ファイル」って無くなるの?

iPhone を使い始めて最初の感想は

コイツ、なんていうか「コンピュータ臭」がしないな

というモノだった。コンピュータのくせにコンピュータ臭くない。その原因はたぶん、

iPhone にはファイルが無いから

じゃないかと思う。
いやもちろんね、OSの内部的にはファイルシステムはあると思うのですよ。でもユーザーにはそれが見えない。ファイルとかフォルダとかエクスプローラとか拡張子とか無いもんね。これはたぶん、iPhone に限った話じゃないと思う。イマドキのスマートフォンってヤツにはたぶんファイルは「無い」。

さて、クラウドが流行りだ。クラウドって言葉が何を指すのかはなにやら難しいようだけど、ここではブラウザから操作出来て雲の向こうにデータが保存出来るアプリケーションのこととして話を進めよう。僕はクラウドアプリを幾つか使ってみた(使っている)けれど、これまたファイルが無い。あるいは、ファイルという概念が希薄。

こういった状況を見ると、たぶんファイルという概念をUIから消していくのがこれからのトレンドなんだろうと思う。たしかにファイルという概念は抽象的で、コンピュータ臭くて、拡張子なんていう過去の遺物を引きずっていたりして、未来の洗練されたUIを構想する上では消してしまいたい存在だ。ユーザーはファイルなんていうややこしい概念を意識せずに操作出来る方が分かりやすいというわけだ。

うん、それは分かる。分かるんだけど、「でもなぁ・・・」という思いも残る。

OSからファイルという概念を隠してしまうと、データはアプリの配下という感じになってしまうんだよなー。

この構造だと、データは特定アプリ専用という感じで、そのデータを他のアプリに渡すとかメールに添付するとかウェブにアップするとか、そういうネットワーク性が想起されない感じがする。

一方、普通のパソコンだとこんな感じだよね。

データは「モノ」でアプリケーションは「コト」。これらのモノとコトがネットワークを形成している。こういうネットワークは、ファイルという概念がアプリケーションとは異なるレイヤーで可視化されていることによって、初めて自然に想起されるんじゃないかと思う。

最近のトレンドは、せっかく人類が手に入れたファイルという抽象概念を捨ててしまうことになるんじゃないの、とちょっとモヤモヤしている。モノとコトが形成するネットワークを捨ててしまうことになりやしないかと・・・。

・・・杞憂ですかね。あるいは時代に遅れた人のたわ言か。今はAPIを介してWeb上でネットワーク性を作っていく時代なのかな。

うーん、モヤモヤ・・・