イノベーションの伝播に関する仮説と考察
イノベーションとは次の2段階を踏む、という仮説を立ててみた。
- 新技術の開発: 後工程から始まって、前工程に伝播する。
- 市場への浸透: 前工程から始まって、後工程に伝播する。
次の2つを事例として検証してみる。
- 3次元CAD/CAM(製造業)
- オブジェクト指向技術(ソフトウェア開発)
なお、この記事のきっかけはある方とのメールのやり取りだった。このようなきっかけが得られたことを氏に感謝したい。
3次元CAD/CAMの場合
現在、自動車産業に代表されるような製造業では、3次元CADによる設計が常識となっている。このCADデータが後工程に渡ってCAMに流し込まれ、実際の加工へとつながっていく。
しかし、開発された順序としてはCAMのほうが先と聞いている。曲面形状を切削する加工パスを生成したいという要求から、まずCAMが3次元化した。次に、その3次元CAMに渡す曲面データをモデリングするツールとして、3次元CADが開発された。
つまり、まず「加工」という最も具体的で最も切実な要求が先行し、より抽象的な概念である「設計」はその後に続く、という順序であった。まさしく、3次元技術の開発は後工程から始まって、前工程に伝播したのである。
しかし残念ながら、市場への浸透はそのような順序では進まなかった。
後工程にとって、前工程とは「お客様」である。後工程とは下請けの中小企業であり、前工程とは強大な自動車メーカーである。力関係としては畢竟、前工程が後工程を支配することになる。後工程が3次元でやりたいと言ったところで、前工程の大手メーカーが「2次元図面を渡す」といえばそのまま中小企業は従うよりなかった。
そうこうしているうちに大手メーカーの中でも議論が進み、2002年頃に大手メーカーが次々と採用CADを決めた。下請け企業としては、その決定に唯々諾々と従うよりなかった。大手がCATIAを使うといえば、下請けもCATIAを買わざるを得なくなった。
つまり、市場への浸透は完全なるトップダウンだった、と思う。技術開発の順序とは正反対で、前工程から後工程の順に3D化が進んだのである。
オブジェクト指向技術の場合
現在、オブジェクト指向という言葉は様々なモノを指すようになった。
- オブジェクト指向プログラミング
- UMLモデリング
- オブジェクト指向設計
- オブジェクト指向分析
これらのうち、最初に開発されたのはもちろん、オブジェクト指向プログラミングである。オブジェクト指向でプログラミングできる言語がなければ、ことが始まらないのだ。つまり、まず最終工程たるプログラミングにおいてオブジェクト指向技術が開発され、その工程にシームレスに繋げるためにオブジェクト指向設計やオブジェクト指向分析といった技術が開発されたと考えられる。
では、市場への浸透はどうだったか。この部分は、CAD/CAMと比べるとやや事情が異なるような気がする。
IT業界におけるSIerの元請け/下請けの関係は、製造業のそれと同様で、元請けによる下請けの支配構造が存在する。従って、例え下請けが「C++でやりたい」と言ったところで、元請けが「Cでやれ」といえば従うより他にない。そうこうするうち、元請けSIerもオブジェクト指向という言葉を(バズワード気味になりつつも)使い始めて、それが下請けに伝わりイノベーションが一巡した、と見ることもできる。そう見れば、オブジェクト指向技術の市場への浸透は前工程から後工程へと進んだ、と捉えることもできよう。
しかし、そう単純には言い切れない部分も大きい。それは下記の事情による。
- MicrosoftやSunのようなプラットフォームを支配する企業が、オブジェクト指向のフレームワークを広めたこと。プラットフォームがオブジェクト指向化すれば、もうそれに従うほかない。
- ソフトウェア業界にはオープンソースやバザールモデルに代表されるようなオープンな気質があること。これによりトップダウンとは別の経路でもオブジェクト指向は浸透していった。
従って、むしろ後工程たる下請け企業においてまず、草の根的、あるいはゲリラ的にオブジェクト指向が広まって、それが元請けに伝播していったという流れも強い。