インハウスCADは失敗ではない
先日書いたとおり、日本のインハウスCADは海外製品に押されて存在感を失いつつある。しかしそれでも、インハウスCADは失敗だったとは思わないんだよね。それがここで書きたいこと。
本題に入る前に。
先日のエントリには思わぬアクセスがあってびっくりした。話題としてはマニアックなものだと思ったし、はてな界隈/ネット界隈でこの手の内容に強い関心がある層は少ないと思っていた。あれれ、こんなにCADに興味がある人っていたんだ、と驚いた。
特にいくつかの自動車企業からのアクセスに気づいたときは冷や汗が出た。たぶん「これ全然事実と違うよ」とか思われているんだろうなぁ。間違っていたら本当にごめんなさい。
コメント欄やブックマークで興味深いコメントも頂いたし、メールをくれた知人もいた。ありがとうございました。
あとね、この辺の内容はかなり背伸びして書いてます(^^; 僕は単なるプログラマであって、CAD業界全体を俯瞰するとか自動車業界を論評するとか、そんなことできっこない。ただただ、現時点での自分の考えを整理して残しておきたいというだけで書いていますので、信憑性は全くないことをご了承ください。
インハウスCADは成功した、という見方
さて、僕はCADを開発する側の立場だ。だからつい、「なぜ日本のCADソフトは負けてしまったんだろう」という考え方をしてしまう。しかしインハウスCADを作っていたのは自動車企業のような製造業であり、CADを開発するのが目的ではない。彼らの目的は自動車を売ることであり、その目的に関しては申し分ない成功を収めている。
つまり、次の2つの見方ができるということ。
- × インハウスCADが失敗したから、CADは海外製品に席巻されてしまった
- ○ インハウスCADが成功したから、日本の製造業は現在の地位を勝ち取ることができた
さらに踏み込めば、CADやCAEで成功を収めた米国が、製造業で成功しているとはいい難い。つまり製造業を支援するソフトウェアの成功が、自国の製造業の強さにはつながるとは限らない。そういう見方だってできるんじゃないかな。
ブクマのコメントを見ていると、ちょっと「日本のソフトウェア開発の失敗事例」みたいな見方に偏っているように思う。これはおそらく、はてなにはプログラマやソフトウェア関係者が多いためだろうね。それらの意見には首肯するところも多い一方で、違う見方もあるんじゃないの、とも思っている。
インハウスのスピード感
実は僕は、ほんの短い期間ではあったけれど、とあるインハウスCADの開発/メンテナンス業務に携わった経験がある。そこで驚いたのは次の2つ。
- × 古いままの開発環境や開発スタイル
- ○ 仕様検討(要求開発)がとってもスピーディ
はてな界隈では前者への批判をよく目にすることができる。しかし意外に見落としがちなのは後者の利点ではないだろうか。人は批判するのは得意だけれど良いところを見つけるのは苦手だよね。自戒を込めて。
ここから感じたのは次の2つだ。
- 内製の功罪
- 人事ローテーションの功罪
内製の功罪
内製の利点は、なんといっても利害関係が(あまり)衝突しないこと。
内製CADの成功が自動車メーカーとしての成功につながるのであれば、CAD開発チームとCADユーザーがゴールを共有できる。これはつまり、通常の受託開発でありがちな「発注側と受注側の利害対立」を避けられるということだ。これはとても大きい。次の記事 ディフェンシブな開発 〜 SIビジネスの致命的欠陥 - kuranukiの日記(移転しました)→ http://kuranuki.sonicgarden.jp で指摘されているような問題が発生しないのである。
逆に欠点といえば、仕様がなあなあになりがち、ということだろうか。
つまり、例えば細かいエラー処理やユーザーインターフェイスのような面倒な開発は省略しがちであるように感じた。社内の人同士で仕様を決めているので、「ちょっとこの細かい開発は面倒だからさ、そっちでうまく運用してカバーしてよ」みたいなやりとりが成立してしまう。これはもちろん良い面もあるが、そのまま放置されると運用でカバーしなくてはならない項目が膨大になって、操作を覚えるのが大変になってしまう。このあたりが、パッケージソフトに発展しなかった原因の一つかもしれないな、と思う。
人事ローテーションの功罪
これについてはシンプルに箇条書きにまとめてみよう。
- ○ 色んな部署に、かつて開発に関わったことがある人がいて、技術的な事情がユーザー部門に伝わること
- ○ 開発チームのメンバーがユーザー部門の仕事をとてもよく理解していて、仕様策定がスムーズに進むこと
- × ソースコードに疑問を感じても、それを書いた人はことごとく他部門に移っていて質問ができないこと
- × ソフトウェア技術(コードの美しさ、オブジェクト指向設計、etc)は古いままで変化がないこと
つまり一言でいえば、What/Why に強く、How が弱い。これはもしかすると、現在のSIerと逆の状況といえるのかもしれない。
Excelマクロを書くようにCADを開発する人たち
そのメーカーの方がこう言っていた。
設計者が欲しいのはExcelなんだよ。
CADで形をモデリングするのは、モデラーという専門の人がいる。
CAEで力学特性などを解析するのは、CAE専門のエンジニアがいる。
では、設計者は何をするのか。どんなツールが欲しいのか。
設計者とは、諸元(スペック)を決める人である。製品のコンセプト(こういう乗り心地の車を作ろう、とか)から、そのコンセプトを実現する諸元を決めるのが設計である。特に設計の初期段階においては、それは例えばモーメントアームの寸法だったりざっくりとした剛性や振動特性であって、細かなフィレット面だとか応力集中だとかはもっと後の詳細設計で詰めればよいのである。そして、そのような初期設計で必要とされるのは、高機能なソリッドCADでもなければ厳密な有限要素解析ソフトでもなく、Excel(のようなツール)であると言うのだ。
これには目から鱗が落ちる思いがした。そして気づいたのは、彼らはまるでExcelマクロを書くようにCADを開発していたんだな、ということ。
例えばあらゆる部門にExcel VBAを操れる人がいるとしたら、その会社の事務処理はかなり効率化されるのではないか、という想像がつく。これをメーカーはCADでやっていたのかもしれない。そう考えると、日本の製造業の強さはインハウスCADが源泉となっていたのかもしれないな、と思う。
そうだとしたら、インハウスCADは大きな成功を収めた、といえるはずだよね。
結論はないよ
長々と書いておいて申し訳ないけど、結論はない。ただただ、次のような疑問にぼんやりと思考を巡らすことができるだけ。
- 海外CADの採用によって、設計者は「Excel」を失ってしまったのかな。
- あるいは、CADのAPIを使えばプラグインを開発できるのだから、これが新たな「Excel VBA」となって機能していく/いるのかな。
- 内製CADからパッケージ製品に移行することで、ものづくりのプロセスも変わっていくのかな。
- 製造業のIT投資に対する考え方も変わっていくんだろうな。
はてさて、良くも悪くも製造業向けCAD業界の勝敗が決しつつある中、ウチのような零細企業はどこへ向かっていくべきなのか。まあ、レッドオーシャンは避けて新たなフロンティアに向かっていくしかないよね。常に最先端を切り開くのは零細企業だと信じて。