数学的にありえない

数学的にありえない 上

数学的にありえない 上

「ありえねーっ」
と心で叫びながらも、止められずに一気に読んでしまう面白さ。まさに「ありえない面白さ」だ。


ちなみに原題は "IMPROBABLE"。邦題の「数学的に」はホントは余計なのだ。
しかし「数学的に」を付けた理由は良く分かる。この小説は実に理系的。タイトルで対象読者を惹きつけるためには、数学好きや物理好きの心をくすぐらないといけない。僕が邦題を付けるなら「確率的にありえない」かなぁ。いや、やっぱり「数学的に」の方が刺激的かな。
本書には「ラプラスの魔」と「ハイゼンベルク不確定性原理」が同時に登場する。登場するどころか両立してしまう。この時点でちょっと知っている人なら「えっ?」と首を傾げるだろう。「ラプラスの魔」は「ハイゼンベルク不確定性原理」によって否定された存在だからだ。だからこの2つが両立するなんてことは Improbable、いや Impossible なはず。そんな Impossible な両者をエキサイティングに両立させた作者には惜しみない賛辞を送りたい。

えっと、野暮を承知で少し説明。といっても聞きかじりなので、正確なことは他で調べてね。

ラプラスの魔ってのは、大数学者ラプラスさんが考え出した架空の存在で、運命論のベースになっている悪魔だ。この世のあらゆる物質が古典力学に従って一意に運動するなら、悪魔には未来が完全に予知できちゃうじゃん、ってこと。人間の脳だって物質で出来ているんだから、悪魔にとっては人間の意志だって予知できてしまう。だからこの世は運命に従って決まった未来に向かって動いているだけ、ということになる。

これを否定したのがハイゼンベルク不確定性原理だ。量子力学で扱うようなめちゃくちゃ小さい世界では、位置と運動量が同時に確定しないというなんだかワケワカな原理。粒子は確率的にモヤッと存在しているだけで、正確な位置は観測しないと決まらないらしい。これは人間の身体感覚で理解できる範囲を完全に超えた原理だけど、おかげで未来は観測されるまでは決定されないのだ。万歳、未来は確定していないんだ。

さあ、この相反する2つをどう両立させるのか。それは読んでのお楽しみ。

そうそう、本書には癲癇(てんかん)という脳の疾患もキーになっている。これには瀬名秀明のBrain Valleyを連想させられた。こちらもオススメですよ、最後がちょっとアレだけど。

BRAIN VALLEY〈上〉 (角川文庫)

BRAIN VALLEY〈上〉 (角川文庫)